
番外ながら、遍路道沿いにあり、ここを過ぎると人里もなく、山と海だけで自動販売機すらない国道を20キロも歩かなくてはならず、昔からお四国一番の難所と言われているため、今も昔も歩きのお遍路さんはここで一服してから24番最御崎寺へ出かけています。そのため、昼過ぎに到着したお遍路さんは、近くの旅館(まるたや旅館)で一泊するか、東洋大師の通夜堂(昔は遍路宿)で一泊してからでかけたようです。
明治以前は、国道もなく、ゴロゴロ石、飛び石、跳ね石と言われる足場の悪い石と岩だらけの海岸沿いを歩き、よくここで命を落としたお遍路さんも多かったようです。また、満潮の時には、海岸沿いは通れなくなるので、東洋大師で昼寝をしてから野根山の山道を越えていっていたので、東洋大師は『野根の昼寝』と呼ばれ親しまれてきました。
今でも、国道から海岸に降りると、ゴロゴロゴロゴロ・・・という石の音が鳴っているのがわかり、どこかしら不気味で、昔の人もさぞかし石の音に怯えながら歩いたことでしょう。
お大師様42歳の時、四国八十八ヶ所を開くために四国を廻られていた。これから室戸まで出向こうとした折り、当地野根(とうようちょう野根)に立ち寄ったそうです。
その時に、地元の村人が「ここは涸れ谷で水に大変困っております」と申し出ました。そこでお大師様が谷の上へ登り、錫杖を突いて祈祷したところ、あふれるばかりの水が滝となって流れ出しました。そして、その水で法衣を洗い、「今後、日照りの時にも水は涸れることはないだろう」と言い残して室戸を出かけられたそうです。
その滝は現在の東洋大師の裏にある滝で、見事現在に至るまで一度も涸れたことがないと野根の伝説になっております。
平成11年10月21日、お大師様の許しを得て手を加え、滝の行場が完成しました。水は激しくもなく緩くもなく、ちょうど良いもので、初心者でも不安なく入れます。行の仕方がわからない人でも寺の寶海さんに頼めば指導してもらえます。